スーパーカーブームの真っ只中、中小工場が密集する街にいた小学生の僕は、仲間と一緒に道端に転がるボルトや金属を手当たり次第に拾い集め、真剣に自分たちのクルマを作ろうとしてました。
そんな憧れを抱いたまま大学に進学して、すぐに運転免許を取得。困難な方法でしたが、試験場でいきなり受験するやり方で、教習所に通う約1/10の費用で抑えました。
節約の理由はただ一つ。一刻も早く自分のクルマを手に入れたかったからです。
初めて手にした夢の乗り物は、出かける時刻も行先も任意。束縛や制約のない移動個室でした。免許を取った最初のころ、年間4~5万キロは走ったでしょうか。
3件掛け持ちの学生アルバイトで学費と生活費と自分のクルマの維持費を賄い、学業はそこそこに、体育会自動車部で国内ラリー競技活動に没頭。
速く安定してラリーを完走するための刺激的な運転技術は、先輩方のご指導と、実体験を通じて自然と身についていきました。
クルマと同調する悦びを得、すっかりクルマに依存する生活。
そして21際のとき、最後のクルマ、ハチロク(昭和59年式 トヨタ カローラレビン)に出会います。平成4年の初夏で、すでにクルマは4台目でした。
自動車競技で消耗するタイヤ・ブレーキに加え、各部のメンテナンス。保険や税金もあり、クルマ所有に必要な費用は学生にとって大変な負担でした。せめて整備くらいは自らの手で行わないと活動が続けられません。
けど、傍らにいたハチロクは、現代のクルマと比較して構造が簡素で分かりやすく、今思うと随分稚拙な技術と工具で間に合いました。
「クルマは趣味」と自分に言い聞かせ、大学卒業後、精密機器メーカーに就職しますが、5年と少しで依願退職。クルマに一番近く、深い理解が得られる自動車整備を職業にすることを決意します。
公平にクルマという「機械」に向き合うためには陶酔や憧憬は不要。10年余りを共にした愛車と別れて、国家整備士資格を取得し、今日に至ります。
不適切な整備や部品装着で調子を崩したクルマたち。
適切に処置することで本来のパフォーマンスを引き出すことができます。整備要領書に記されていないノウハウもたくさんあります。
そして、それ以上に大切にしているのはお客様との関係です。故障・不調とその原因、費用、スケジュール等、様々な局面でお客様のご理解が得られて初めて、僕のパフォーマンスが発揮されます。
誠心誠意対応いたしますので、お困りのことがございましたら是非お問い合わせください。
ITS(Ikari Technical Service)
代表 井狩 武史1970年 滋賀県生まれ
1995年 京都工芸繊維大学院卒 電子情報工学専攻
学生時代、体育会自動車部所属
国内ラリー活動を通じて自動車整備の基礎を学び、運転の楽しさに触れる
大学院修了後、東京で精密機器メーカー入社
2001年 精密機器メーカー依願退職
同年より2年間の自動車整備公共職業訓練開始
2003年 二級自動車整備士資格取得、地元滋賀で運輸局指定工場に勤務
同年「第20回 滋賀県自動車整備技能競技大会」高度診断部門 第2位
2005年 自動車検査員資格、職業訓練指導員免許(自動車整備科)取得
同年から京都で運輸局認証工場に勤務
2006年「車の修理屋たけしくん」執筆開始
2011年 ITS(Ikari Technical Service)設立(Webサイト運営)︙