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追憶の貴婦人(ローバー 400 オーバーヒート)

「ごめんなさいね… 私ったら、子供みたいに…」

と、感極まって溢れ出た大粒の涙を拭ったご婦人は、次の瞬間、凛とした表情をされるのでした。

平成10年式 ローバー400 走行距離 96,000km

ホンダと提携関係のあった頃のローバーです。基本的なコンポーネントはホンダ コンチェルトと共通としながら、特に足回りや操舵装置に欧州車特有のチューニングを施し、ホンダとは異なる重厚感が特徴です。

今回のご相談は、オーバーヒート修理。メールの内容には、「ラジエータの水漏れ」「インテークマニホールド付け根の水路パイプ(プラスチック製)の破損」と専門的で具体的な不具合箇所をお知らせいただき、既に他所で診断されたご様子でした。積載車でやってきたブリティッシュグリーンのローバーは、経年を感じるものの、ワンオーナー車特有の雰囲気を醸します。

少し経って到着されたオーナー様は、僕が差し出した挨拶の右手を、両手で優しく包んでくださいました。

早速お話を伺うと、運転免許を取得された直後、広告で一目見て決めたお車で、僕の予想通り新車からずっと一人でお乗りとのこと。ほんの小さな傷の付きかたや、時期を異にして補修された各部外装パネルにも、オーナー様の愛情を感じます。

↓劣化して指で簡単に砕ける水路の樹脂パイプ。

そして、開け放たれたボンネット内の劣化した冷却経路を前に僕は、

「多少修理費が掛かっても、長年傍らにいた愛車を存続させたいオーナー様のお気持ちも、経年劣化が著しく、部分的な修理ではとても安全に走行できる状態にはできないと判断した今までご相談された修理屋の気持ちも、僕は、両方の気持ちがとても良くわかります。それは例えば…」

と、続けて説明申し上げる傍らで、オーナー様は数粒の涙に17年間を凝縮させてお別れの決意をされていたのでした。

「私、こちらに相談するのが最後と思ってやってきました。今までいろいろなところで説明を聞いたけれど、こんなにも良くわかる説明は今まで無かった。お陰でこの車とお別れする決心がつきました。修理しても危険なことはいけませんよね。けど、こんな美しい車は他になかなか無いですよ。だってほら、見てください、この綺麗なボンネット… まるで貴婦人みたいでしょ。」

とおっしゃるオーナー様は、もうすっかり笑顔になられていました。

修理屋としてお役に立つことができずとても残念でしたが、お気持ちが落ち着いた頃、僕で何かお役に立てるようでしたら是非何でもご相談ください。この度はご来店誠にありがとうございました。


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